2013年3月30日土曜日

北の大地の家-搬出作業

昨日、地下歩行空間の絵の撤収に行ってきました。
正直どうなるか不安もありましたが、ご協力して下さった皆さんのおかげで無事に絵を剥がす事が出来ました!o(^_^)o
豊栄建設の飯田さん、蔦さんもお忙しい中、作業に来て下さり本当にありがとうございました!

(私も最初剥がす作業に加わってました。絵の下の隅っちょあたりの部分だけ。笑
絵を剥がすのに想像力が必要で…
引っ張ってる間息を止めるか(笑)
『ん゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛…』って無意識に言いながら剥がしてました。)

力強く壁についてた絵を少しずつ分け、4人くらいで一気に上からガガガガガっと剥がしていきました。
途中、『ぁああ!!!』と言う声が何度か響きましたが(笑)
次回の富良野個展へ移設します〜^_^

最後は何もなくなった壁…
切ない…。

4ヶ月半本当にありがとうございました。^_^










2013年3月28日木曜日

0328

アトリエにセーフティーコーンがある風景…もなかなか見られない気がしたので記念撮影した

(このコーンってこんな金額で買えるんだね(°ρ°;)助かったぁ(;´Д`A)
そういえば、学生の時、走るのは好きだったけど、
走り幅跳び走り高跳びは大の苦手だったな









2013年3月26日火曜日

北の大地の家



昨年の11 月に1週間かけて行った地下歩行空間でのライブペイント『北の大地の家』
あの絵もあの場所での展示はいよいよ今週で最後となりました。今週の金曜日までです。
描き終えた後もあの場所を通る度に立ち止まって見てくれてる人達のこと
ちらっちらっと横目で見てました。笑 
2人組の女性の方が『この絵、ここで描いてたんだょ〜』と話しながらすれ違ったりして、
おほぉほぉ〜〜*v*となんだか嬉しく照れくさくなっておりました。

もうだいずいぶんと時間が経ったようなそんな遠い昔の思い出のような。。。笑
懐かしいなぁ、、、
私がこう描きたいとう想いやメッセージを豊栄建設さん、そのまま、何一つ変更なく自由に描かせて下さいました。
それで自分の伝えたいメッセージも描けてほんとにやらせて頂けて感謝です、よかったです。

それでもやはり、緊張はしてました。そわそわそわそわしてました。
こういう形で描かせて頂くのも初めてだったので、
 大丈夫大丈夫やるしかなぃ。。。o_o と自分に言い聞かせてた
数日前に豊栄の蔦さんから届いた絵の横のメッセージ欄のコピーを見た時、
すーっととても楽な気持ちになれました。
こうして縁があって、声をかけてもらえ描ける事になったのだから、
自分の想いを信じてそのまま描こうと。
(メアラシさん、ありがとうございました。
あのコピーを見た時に私もとても嬉しさと心に温かく灯るものがありました。)



私はほとんど絵の方に向かってたし、ヘッドホンをつけて描いてたし、、、
あんまり振り返らずに描いてたので、、、
(ほんとはすごぃ、人見知り人間だから 。_。)
それでもいろんな出逢いや想い出や500円玉や(笑)飴ちゃんや(笑)
いろんな事がありました。
あと、一週間ほぼ一緒だった警備さん。笑
とても、、、仲良くなれた気がします。笑
友人達もブログなどで知ってたくさん来てくれました。
来てくれたけど声をかけずにずっとみてくれてた人もいて、
(『とてもじゃないけど声かけれない雰囲気だったから』)と。笑
荷物置き場にメッセージを書いた差し入れをそっと置いていったくれたりもして。T_T

描いてる最中もだったし、描いた後もたくさんの方が足を止めみてくれてたそうで、
本当に嬉しいです。
描いてる最中、毎日の通勤で通ってる方が、
『絵が出来上がってくるのが楽しみで、帰りにどう変わってるか楽しみに仕事してました。』って声をかけてくれた人や、
最終日、『お姉ちゃん、ビールでも飲んでがんばりなー毎日みてたょー!』と。
なんだか思い出すだけでその温かさにじーんと涙腺きてしまう。
(おじさん、ごめんなさい、私、、、ビール飲めないんです〜T_Tでも気持ちは有り難く受け取りました。)その他にもたくさんのありがとうを伝えたいことがあって、たくさんあって、

それで最後にこの場を借りて、みなさんに。

本当に本当にありがとうございました。


さて、それで、今週の金曜日の夕方くらいまでは貼ってるんですが、
その後、、、

実は!いろいろいろいろありまして!
かくかくしかじか、、、から、更にいろいろあって(笑)、

『これいけるんじゃない!?』という未知なる希望にかけて
金曜日の夜、自分達で絵の保存&移設作業に入ることにしました!
やってみなきゃわからない!きっと出来るはず!
難しい作業にはなるけど、強力な!助っ人の方々が集まってくれたぁ! i _ i
(私が足手まといにならないようにしないとな。笑)

移設にとても快く承諾して下さった豊栄建設さん、古澤さま、蔦さん、飯田さん
本当にありがとうございました。
あの絵は次の富良野『神々の遊ぶ庭』での個展に移設します。

もし、富良野会場にあの絵なかったら、、、、、、

剥がすの失敗したと思って下さい。笑


また長くなってすみません。
最後にあの絵に入れたメッセージと、絵の横に書かせて頂いた自分の想いをここに
載せておこうと思います。


____________________________

【The HOME of Northernland】−北の国の家−

マッコウクジラがブリーチング
オショロコマの群れがウロコの光を放ち
北の海を、川を、進んでゆく
ここが僕らの家なんだ

オジロワシが北の空を翼を広げ飛んでゆく
鳥たちの唄が響き渡る
ここが僕らの家なんだ

白樺林の森の奥
ヒグマの親子が木の実をさがし
エゾリス達が樹々と遊ぶ
ここが僕らの家なんだ

この北の大地という家
ここは私たちみんなの家なんだ
これからもずっと ずっと。

いつまでも 果てしなく澄み渡る空でありますように。

いつまでも 花や樹々が咲き誇る地でありますように。

いつまでも 月や星空が輝いていますように。

いつまでも この大地に風が吹き渡ってますように。

ここに生きる全てのいのちが
ずっとずっと 生きてゆける場所でありますように。
ずっと。ずっと。



____________________________




【北の大地に生きる私たち。私たちが住む家がここにある。
 そして海には、海に住むもの達の家が広がり、
 森には、森に住むもの達の家が広がる。

 空にも、川にも、この土の中にも。この大地全てが私たちの家なんだ。
 ここに生きる全てのものが、全ての“Home”が
 もっと幸せでありますよに。
 
 この大地がもっと美しく、ずっと幸せであるように。

 自分たちの住む場所を見渡し、空を見上げ
 まずは『想うこと』だけでも、
 変わることも、繋がっていくことも、きっとあると想うんです。きっと。

 この北の地に風が吹き渡り、、輝く星々が見えたなら、
 人を、街を、この大地を
 もっと優しくおだやかにしてくれる、と思うから。

 果澄                               】

















2013年3月21日木曜日

さっぽろ環紙




ロゴマークや 書など制作させて頂きました『さっぽろ環紙』。
(「さっぽろわし」、って読みます。「かんし」じゃないょ。)
今日・明日と地下歩行空間にて販売開始!だそうです。
数ヶ月前に「草の実会」さんを工房アルティスタの永谷さんと訪れ、そして今回
この紙を創るに至った永谷さんの想いを聞いて、この紙のコピーも考えさせて
頂きました。
ただリサイクルでってその想いだけではありません。

「こうして形になることで、彼が自分たちのしている作業が、
本当に『仕事』と思って『誇り』を持てると思う」

永谷さんの想いを聞いた時、、、、とても感激した
素晴らしいなぁって思った
シェアさせて頂いた記事に書いてる越前和紙の老舗「石川製紙」の工場で
再生紙に生まれ変わりました。
アルティスタ永谷さんの想いがあり、
草の実会さんが回収した牛乳パックを越前まで運んでくださったのが、
ちょっと前に和紙体験をしにいった『紙びより』の東野さんだそうです。
東野さんが運んで下さった紙を越前和紙「石川製紙」さん達の手により紙になりました。(・・・あと私もちょっと混ぜて。笑 その紙の名前を書かせてもらったりしまして。笑)そうした事を思った時自然と出てきた想いがこの紙のコピーとなりました。

『人の手から人の手へと環り(まわり)、
環り環って、牛乳パックがまた、紙になりました。』


みなさん、初めましてさっぽろ環紙が産まれました^^
今日明日と札幌地下歩行空間にて販売しております。
(多分私が描いた試し描きイラストとかある、、、と思う。。。!
水彩画とかにも合う紙でしたょー。

近く通った際など是非覗いてみて下さい。^^













2013年3月18日月曜日

万年筆

個展の内容がまだ、まとまらないなぁ、
いや、ほぼもう見えてわかってる感じなのだけど最後のこう、

あの言葉を忘れた時に
『ここ!喉まで出てきてるの!』って言うあの感じです。笑

だからまとまらない、と言うより、最後の、『これだ!これだったんだ!』ってものを探してるような時です。
いつもだけども、ぅ〜ん、ぅ〜ん、と悩んでどうしようと想って
今回ふっと文章で綴って書き出す事にしました。長く長く本を書くように。
会場を、作品を、
一つの本とするなら、文章で書き出してみようと。
そして書いてる訳ですが、
大切な言葉や文章を書く時、いつもこの万年筆を使います。

私は言葉を書くから、素晴らしい万年筆でこれからずっと言葉を書いて欲しいからと、
贈ってもらった

大切な宝物の万年筆です。

そうかぁ…
名前の通り、万年の筆…です
生涯、これからずっとこの万年筆と一緒に言葉を書いていこうと思ったら、

相棒のような感じです。
本当に生きてるような感じがします^_^

たくさんたくさん種類があるのですが、少しの違いで、その人にピタリと合う萬年筆があるような気がする。
(ハリーポッターの映画で
魔法の杖が主人を選ぶ、みたいな。笑)

でも本当に萬年筆もそんな感じのような気がします。

私もお店でいくつか手に取って書いてみたけど、この萬年筆が自分にピッタリとあったような気がしました。^^

これからずっと一緒にいる大切な相棒です^ ^

さぁ、この萬年筆で個展の物語の続きを書こう。^ ^





2013年3月10日日曜日

【OKHOTSK オホーツク-終わりの楽園-】

【OKHOTSK オホーツク-終わりの楽園-】

今日は朝からすごい天気でしたね。私の地元は朝からバスが運休してしまいました。夜には戻ったけど、焦ったぁ〜(o_o)

今日、夜、教育文化会館へオホーツク(フィギュアアート×能舞台)見てきました。

前にも教文で行われてたグスコーブドリの伝記を見に行ったのですが、またちょっと違う感じでしたょ。

-北に眠る、もうひとつの物語 オホーツク文化-
『日本をすみずみまで歩いた司馬遼太郎は、幻と言われた海洋民族の足跡をたどるため北海道に赴き、その足で見聞きしながら、民族の文化を作家ならではの視点で紐解いてきました。その謎多き文化が『オホーツク文化』と呼ばれるもの。オホーツク人は主に海を狩猟の場として
トドやアザラシなどの大型動物や魚を捕らえて生活していました。時にはクジラさえも狩猟する、勇ましい民族だったと言われています。
そんな人々がなぜ『幻』と言われているのか。
それは、
彼らがどこから来て、
どこに行ってしまったのか、
多くのことが明らかにされていないからです。
海と共に生き、船出する勇気を持っていたオホーツク文化の人々。「北海道人の心の輪郭は、一まわり大きい」という司馬の言葉は、島国日本を飛び越して、大海を見続けたオホーツク人の記憶が、北海道でかすかに息づいていることを感じ取ったからなのかもしれません。』
(上記文・リーフレットより)

オホーツク文化、その歴史をもっともっと知りたくなりました。
私たちは多くの知られた歴史があるけど、
でも知られていないたくさんの歴史や文化や民族もこの北海道にはもっともっといたんじゃないかなって思いました
もっともっとたくさんの、この北の大地に眠る物語があるんだろうなぁ。
まずは自分が一番知りたい場所のことがある。
本屋とか言ってもその場所に書かれた事は一切見つからずで…
でも、知りたいっていう気持ちを持ち続けていたら、いつか自然と何かそこに繋がっていけるような気がしてます。

司馬遼太郎さんの本も今度探しにいこっと。
_____

(全然話し変わるんだけど、夜バス降りて帰り道、曲がり角を曲がったら、バスタオル一枚腰に巻いたおじさんが立っていて、

『∑(゚Д゚)!!!(変なおじさんか!??)』と一瞬焦ったけど、
おじさんも私に気付いて焦ってさささぁ〜と家に戻っていきました。

タバコを吸ってたから
多分禁煙のお家でお風呂上がりで、タバコを吸いたくて外に出て来たか、、、

最初空を見上げてたから、
星空をみて癒されたかったか…

どっちにしろ…
この…真冬の夜に…風呂上がりでも腰にタオル一枚で外に出る勇気はすごいな…(o_o;))





2013年3月8日金曜日

0308

60号の木枠に、キャンバス張った。
んだけど、出来上がってみると…
全然ダメだった
よれてるし。修行が足りない、やり直し(。_。`)

しかもこの後水張りの作業しようと思うんだけど…こわいなぁ〜サイズが結構あるからすごいおっかなぃ…こんなサイズの水張りしたことないしもともと水張りあんましないし…慎重にがんばろ…

って事でようやく、打ち込んだタックス全部取り外し終わった…
すっごぃ…これだけでもうつかれた……(ーー;)

しかも…音ガンガン鳴るから…隣りとかにうるさいって思われてないか毎回どきどきどきどききょろきょろしながら作業してます。
(出来るだけ、部屋の外に近い側の端っこの壁に寄って作業してる…)

いつしか苦情きたらどしよ…



2013年3月6日水曜日

『遊書』




ちょっと前に『遊書で奏でるものがたり』の作品にまつわる事を書いたのですが、
多分、いや、きっと、
「遊書?」って思った方もいると思うので^^
遊書とは、こういう言葉があって、
文字の通り、「遊ぶ字」なんですね。
つまり、自分で好きなように、想いのままに書く書の事なんです。
私は7歳の頃から書道を初めました。近所に書道教室があり、友達が習っていて、
たまたまついていったのが習い始めたキッカケです。
中学卒業まで続け、(そこで一応生徒の部ですが八段を取り)高校では部活を引退した後に、

専門学校に行くまでまた通ってました。
(先生になる免許まではとれなかったけど、
……あれ、何段だったけかな?何段かまで取ってるんです一応。笑)

話しが脱線した。

日本習字を習ってた方は分かると思うのですが、書道教室ではきちんとしたお手本があって、

それを見ながら、字の形、書の形、書き方を学び書いていきます。(ぇ〜と、観峰先生の字ですよね。原田観峰先生。)
私も書道教室ではずっとお手本に習って書いてました。
そして確か高校生くらいの時に、東京の相田みつを美術館に行った事があって、
そこで『相田みつを筆ペン』を買ったのです…!
それをいつもペンケースに入れて学校に行ってました。
それで授業中とかによく、ノートや教科書に絵を描いて1人遊んでたんです。←(おいおい。笑)
授業中とかね、テストの問題用紙の裏とかね。笑

それでそれで、鉛筆で絵を描いて、ふっと、言葉を書きたくなったんです。

そこで、ペンケースに入ってたその筆ペンで絵に言葉を付け足し初めました。
それが始まりで、私の『遊書』を書き始めました。
最初は自分の好きな歌の歌詞を書いてたんです。
それが癖になり、何か描くとなるといつも絵と遊書言葉を書いてました。
(特に地理の教科書はすごかったなぁ〜。あと英語の教科書もすごかった。)
高校の時はよく友達にも描いたりしてました。
専門学校に入ってからもその絵と書を描くという作品を創っていて、でも、
さすがにもう、歌詞はだめだよな…と思ったんです。
そうして、自分の言葉を遊書で綴るようになり、
いろいろ縁があって、
『遊書で奏でるものがたり』の作品が出来ました。^^

あの女の子は、もともとは
ただ女の子を描いてるつもりだったんだけど、
周りによく『この子自分なの?』と聞かれたんです。
考えてるうちに、
あぁ、これは自分なんだなぁと思ったんです。

だからあの作品は、自分自身に向けて描いたものでした。
こんな自分になれたなら、こんな風に生きれる心を持てたなら。
そんな想いをこめて、願いのような、祈りのような…そんな作品であり、
私の原点の作品です。きっと。

(写真はポストカードではなく一筆箋になったものです^^
8種類を横に並べると一本の筆の道が繋がり、一枚の旅の絵になるんですょ^^)

自分へ向けて創った作品だけど、
もし同じような気持ちを持ってる人がいて、
同じような事考えてたりして、
同じように立ち止まったりして、
そんな時に
作品が普遍性をもち、見てくれた人に何か届いてくれたら、と思っていました。
今でもそう願ってます。

そしてこの作品を通してたくさんの出逢いがありました。
(もちろんこの作品だけではなく今まで個展などで創った作品)
作品を見てくれた人がメールをくれたり、手紙をくれたり、
個展に来てくれたり。
逆に私が多くの支えと力をもらってきました。本当です。
メールや手紙、メッセージ、個展のメッセージ帳は宝物です。
今までどれだけ支えられたか…
本当にありがとうございます。

この作品を創ってた頃の自分に戻って、また描こう、
今とてもそんな気持ちです。^^

遊書って言葉の意味を説明するだけのつもりがいろいろ思い出して、思い出に浸り…(笑)

気付けはまたこんなに長くなってしまった…。










2013年3月1日金曜日

三月になった。

眠い…。(p_-) 仕事も直しがきたりだし
確定申告も終わる気しないし
今机書類で溢れかえってるし

ぁあ…。アトリエもすごいことになってきた…個展近づいたらもっとすごいことになってると思うんだけど、
もともとのアトリエの天井の高さが低かったり、壁の長さも中途半端だったりで(まぁそりゃぁアパートなんで(ー ー;))なんだけど、大きい絵が描けない…
描くのがすごく苦労するぞ…
メゾネットで下の階を主に個展とか自分の大きな作品制作場所なんだけど、電気によくガコンって頭ぶつかるし、なんか壁が、ボコんって段差なってたりするから真っ直ぐな長さがすごい短いし、
天井もボコんってなんか横長の出てるし(←すごい説明手抜き)…何より湿気?なのか絵の具の乾きがめちゃくちゃ遅い。びっくりだょ。。
ライブペイントの時とか大きい絵描いてると『絵の具乾くのはやっ!』って思うくらい。
(寒さも冬は息したら白い息でるょ(。_。)でも寒さはしょうがないし逆に冷えてるくらいの環境で描きたいなと思ってるから
だがしかし
この絵の具乾きの遅さには参ったなぁ…

来たばかりの頃はこのアトリエももっと広々してたんだが…(p_-)

と、言うことで
新しいアトリエ探しを考え始めました。
もちろん制作のスペースなどの事もあるし、新しい事を始める事もあるし、
そして、やっぱり…
森の近くにいきたい……(._.`)
山、森のそばの場所、小鳥の鳴き声とか聴こえてきて、
そんなアトリエがいいな。

なのでまずは私、
まだ免許持ってないんで、今年夏頃こそ免許取りに行こうと思います。行かねば…

今のアトリエも実家からそう離れてないけど、実家の方は近くに山があり、息詰まった時は散歩したり、近くの公園のベンチでいろいろ考えたり、
屋根に登って寝転んだり
そこから見渡した景色が山に囲まれてた町だったから、今のアトリエに移る時、それがなくなっちゃうのがむちゃくちゃさびしかったんだ。

やっぱり森や山のそばがいい…。そっち方向で…ないかなぁ…と、免許とったら探しにゆく…。(いい情報あったら…教えてください(O_o))すごい古くて逆に『自由に自分たちでリフォームしちゃっていいょ〜』なんてとこないかな…安くて…安くて…。
大変そうだけど
自分たちでイメージしたように好きなように創るアトリエ!楽しそうだ!!

樹がそばにあって鳥が飛んできて。どうしてもつけたいのは大きな窓で、太陽の光がたくさん入る大きな大きな窓が、つけれたらいいなぁ。。そこで制作したいな。自分たちで…どんだけ出来んだか…時間かかりそ…がんばろ(。_。)

…の前に免許。
…の前に
全力で個展。